2023年12月30日土曜日

今年もあとわずか 来年は国民のための政治が動き出す年に

私事ですが12月26日に45歳の誕生日を迎え、またたく間に年の瀬で慌ただしい毎日を送っています。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?地元西区も普段あまり人出がない場所がごった返しており、年末の活気を感じてテンションが上がります。今年も一年大変お世話になりました。

 年の瀬でせわしないのは市民だけではありません。特捜部や与党議員の皆さんも慌ただしい年末のようです。次々と暴かれる政治とカネの問題に悲しい気持ちになります。これだけ国民の事を考えていない議員が当選し、そして私たちを縛る法律を作っているわけですから、いつまでたっても暮らしが良くならず、格差がひらく一方なのも頷けます。

 愛知県選出の与党国会議員をみると、旧統一協会のイベントで嬉々としてスピーチする方やパーティー券の裏金キックバックが高額な方、税金を滞納することが常習的で差し押さえを食らう方に「キックバックは文化」というような認識がある方と、いわばまさにフルコースじゃないですか!この道しかないとはこういう事なのでしょうか。

 しかも皆さん雲隠れか、コメントを求められても「差し控える」ばかりで説明責任を果たすつもりもないようです。政治家が国民を馬鹿にするような態度を取ったらお終いです。絶対に政治が良くなることはありません。次期衆院選では不真面目な議員には退場願いたいものです。

 東京の区長選挙をめぐる問題では現職議員が逮捕されました。原資がパーティー券の裏金なのかは知りませんが、票をカネで買った疑いです。選挙を控えた議員にはたくさんの裏金が渡るとの報道もありました。これでは一部のお友達(金銭的に支えてくれる)優遇の政治から抜け出せません。このホットな時期に、あろうことか政治資金パーティーを開催した与党議員もいて、もはや投票率の高い選挙以外に浄化のすべはないようです。現職の方には【公平性】という言葉を思い出していただき、できれば日本共産党のクリーンな党運営を参考にして頂きたい。

 来年は国民のための政治の第一歩が動き出す年にしたいですね。皆さんの声を聞き、ともに活動していきたいと思います。それでは良いお年をお迎えください。


2023年12月28日木曜日

後援会の新しいニュースができました。







ちょっと文字が多いかと思いますが、画像をクリックすると大きく表示できます。裏金問題で一面トップの記事も私が書きました。お読みください。
 

2023年11月23日木曜日

経団連の不思議

 

偉容を誇る経団連ビル

 岸田政権の支持率低迷に対して、経団連会長が「なぜ支持率が上向かないのか不思議だ」とコメントしています。防衛(ミサイル爆買い)・脱炭素(レジ袋とか)・原子力(処理水海洋放出)・デフレ脱却(デフレ脱却なのかスタグフレーションなのか・・)、キチッとした政策ばかりだそうです。各政党の政策評価では自民党を最高評価し、民主主義の維持には相応のコストがかかり、企業の政治寄付は社会貢献だからといって経団連加盟企業の献金先に自民党を推薦しています。自民党幹部が「これ以上何をしたらいいのか・・」と悩んでいると心配までして、外交(バラマキ)でも成果があるのになぜ支持されないのか、「こっちが聞きたい」そうです。

  「長年勤めている社員の給料を上げましょう。休みを取らせましょう。簡単にクビにしてはいけません。人材の使い捨てはいけません。地域社会に貢献しましょう― こうした規制は国際競争力を弱め企業を倒産に追いやるので法律を見直してください」という経団連の要求にこたえ続けた20年の結果が今です。ある経済学者は「日本人の生活はまだそこまで追い詰められていない」と言い放ちますし、本来こういった経済界の暴走から国民を守るのが政治の役割のはずです。企業の言いなりで規制緩和ばかりする政治では、明日の市民生活は真っ暗です。私が日本共産党に興味を持ったのは経団連に物言える唯一の政党だと思ったからです。

  規制緩和をしてもらい、法人税を下げ続けてもらった経団連の提言には、応能負担・所得の再分配・公平な税制を目指す文言はただの一つもありません。



2023年11月5日日曜日

「ああっ!しまった!」の裏側にある意識

 

 


  ああっ!しまった!人間だれしも日々失敗をします。焦りやうっかりによるミスから、昔はこんなミスはしなかったのになぁというものまで多彩です。そして何歳になってもミスは恥ずかしいし、できればみんなには知られたくないなぁというのも人間の心理でしょう。

   過失なのか、故意なのか。どちらにしても知られたくないことに変わりはないでしょうけど、その裏側にある意識は正反対です。過失ならば恥ずかしいからというのが動機でしょうが、故意ならばそれは他人を騙すためのウソか、知られたら困るからという事になります。政治資金規正法違反者は毎回うっかりだと主張しますが、全部が全部うっかり過失したという気もしません。過去には自衛隊日報改ざん問題というのもありました。自衛隊に「駆けつけ警護任務」が課されるということで、ジャーナリストが海外派遣部隊の日報開示請求をしたところ、廃棄したので存在せず開示が出来ないと回答された問題です。

   その日報には「戦闘」という言葉が散見されたので、「自衛隊は非戦闘地域に派遣しているので憲法に抵触しない」という前提に疑義が生じる恐れから、防衛省は隠ぺいを図ったのでは?と疑われました。この件は防衛大臣が本当にないのか探すように指示したにもかかわらず、組織として最後までシラを切った印象(実際、後に見つかりました)があります。バレたら今後の組織運営が面倒になるからなのか、国民の代表である大臣を軽視しているからなのかは分かりません。しかし組織というものは巨大になればなるほど内向的になるという事実は否めません。自己都合を最優先して他者の事は二の次、自分たちの延命のためには部外者(あるいはトカゲの尻尾)には死んでいただくという姿勢です。

   巨大組織や巨大企業にメスを入れられない政治的指導力の欠如も問題です。自分だけ良ければよいを放置したら全体の利益は損なわれます。そうならないように規制(ルール)があるわけですが、なぜか今の政治家は規制緩和一直線です。その結果、非正規雇用や外国人労働者が増え、経済も安全も技術もボロボロになっていったのがこの20年だと思います。自分たちの儲けのためには部外者(あるいはトカゲの尻尾)には死んでいただくという姿勢です。

   先日こんな事故が起こりました。東電の福島第一原発の汚染水処理施設で、配管洗浄作業をしていた作業員が廃液を浴びてしまったというものです。当初の東電の発表では、一次下請け業者が行った洗浄作業中に配管が外れ100mlの廃液が飛散したということでした。しかし実際には、作業していたのは三次下請け業者であり、飛散した廃液は数リットルだったのです。パシャではなくバッシャーンです。家族で鍋を囲んでいる時にうっかりポン酢の器を落としたのと、オヤジが怒って鍋をひっくり返したくらいの違いです。大惨事じゃないですか。

   しかも事故時は現場管理者が不在であり、作業員は防護服やマスクは着用していたが防水のカッパは着ておらず、そのため廃液が皮膚まで届いてしまったそうです。現場で水洗いなどの除染はしたものの放射能量が基準値を下回らず、最終的には医大に搬送され入院になりました。基準値以下になるまで9時間!かかったそうです。

   東電は当初は飛散した廃液の全体量が分からず、把握した分だけを発表したといいます。処理水の海洋放出を巡り、中国政府に「東電発表のデータは信用できない」と言われ日本の海産物の輸入を停止されたことは記憶に新しいですが、こうしたことを言われないために慎重に対応すべきだったのではないでしょうか?管理者不在の現場で三次下請け業者に任せていたので情報収集が不正確だったのか、過失があったのか、あるいは故意に発表したのか真相は分かりません。

しかしこの事故、私には今の日本社会にはびこるルール無視・規制緩和が招いたもののように思えます。コストカットにより利益を生み出すやり方のなれの果てです。儲ける為に安全や教育を疎かにしたら本来は長続きしないはずです。しているならどこかに犠牲とひずみがあり、そしてそれはいつか限界を迎えてしまいます。その時にダメージを被るのはいつも個人です。今回の事故、自社の社員で作業し正しく管理者を置いていれば防げたかもしれないし、少なくとも故意でない限りは発表が二転三転する事態は避けられたでしょう。

   「現在、作業員は退院し体調不良や外傷はありません」

   この発表が二転三転しないことを願います。


2023年10月18日水曜日

ファンクラブニュース10月号 から抜粋

 

 ■コラム「ゆうきのヤル気」 加藤ゆうき

 ■名古屋城はなぜ燃えたのか? 塩谷 昇

 ■インボイスいらんがね! 松原裕子


コラム「ゆうきのヤル気」  加藤ゆうき

9月11日は東海豪雨を語り継ぐ会がありました。23年目を迎えます。去年の集会では来賓から【自助努力】という言葉も聞かれ、最後に命を守るのは自分という意味は分かるものの、堤防の決壊に自力で備えよというのは釈然としませんでした。今年は高齢化が進むこれからの新しい防災意識として【共助】が言われました。住民同士でお互いに助け合いましょうという事です。今の分断・孤立社会において大切なことですが、【公助】の部分は何処に・・?行政側は昨今の異常気象で公的な整備の上を行く想定外の事象が起きるとお手上げとのことです。

 9月17日は愛知母親大会でした。温暖化により海が変わってしまったというプロダイバーの方の講演を聞きました。20年前に比べ同一地点のサンゴ礁が9割無くなっているそうです。地上の異常気象と同じく普段見えない海の中も激変し、魚がいなくなったことで漁師さんなど生活が一変した人も少なくないそうです。

 このままでは今後もっと過酷な環境になっていくのに、対応する人の方は高齢化していく。これまでやってきたことにどこか間違いがあったのかもしれません。ツケを払うのはいつでしょうか。

高齢化で言えば、私たち日本共産党も敬老の日はお祝いで大忙しです。先人の知恵を受け継いで活動できるメリットは大きいですが、しかし現代をもがいて生きる今日の主役に世代交代待ったなしです。一緒にやりませんか?

 

 

  名古屋城はなぜ燃えたのか?   塩谷 昇

 太平洋戦争末期、アメリカ軍は日本本土爆撃を計画し、国際法に基づいて軍事施設・軍需工場を目標に定めました。しかし、21撃集団司令官カーチス・ルメイが戦術転換し、軍需工場の下請けが都市の中に広がっていることを理由に、人々が暮らす市街地にも焼夷弾攻撃を始めました。3月1219日に続き5月14日、初めて白昼に名古屋市北部市街地を攻撃しました。

 マリアナ基地を飛び立った524機のB29が琵琶湖を目指して北上し、その手前で東に旋回し名古屋上空に侵入、空襲を行いました。この空襲では名古屋城近隣の5箇所の住宅地が目標に設定されていて、高度48606150mから焼夷弾2515トンを投下しました。この時B29は昼間ということもあって11機墜落、66機が損傷を受けました。

1943年に作成された米軍の「焼夷弾レポート」を見ると名古屋城
のエリアは目標になっていませんでした。都市を焼き尽くすという目的からすると、お城を狙っても延焼が広がらないので攻撃目標からは除外されていました。

では、なぜ名古屋城は燃え落ちたのか?

B29は爆撃進路に入ると直線飛行を維持するため敵の攻撃をかわせません。爆撃精度を上げるため高度5000Mほどで飛来すると日本の戦闘機が射程距離まで接近でき被弾しやすくなります。米軍は早く焼夷弾を投下し身軽になりたかったのではないかと考える研究者がいます。また、火災による煙で後続機の視界が遮られて誤爆したとも想像されます。当日は天守から金鯱を降ろすために足場が組まれ窓が開いていたようで、そこに(誤爆の)焼夷弾が直撃し燃え落ちたと思われます。だとすれば名古屋城はとばっちりですが、そもそも市民もろとも街を焼き尽くすことが目的だったとは、戦争はかくも恐ろしいものです。

 

 インボイス いらんがね!    松原 裕子

 消費税インボイス制度が十月一日から始まりました。先日、九月二十五日には首相官邸前で【STOPインボイスの会】の集会が行われ、千人の参加者と共に五十万筆を超える署名が集まりました。代表は岸田首相に署名を手渡そうと尽力しましたが、議員事務所の段階でセキュリティを理由に断られました。その後、ネットが炎上したことで後日秘書官が受け取りましたが、一方で経済界からの署名は首相が面会までして受け取っています。

暮らしに深刻な影響を与えるインボイス制度ですが、全体としては関心が低いままです。理由は二つで、消費税のしくみがわかりにくいことと、漫画家・声優などのフリーランスは比較的年齢が若く、情報宣伝活動が主にネット上で行われているからです。これは、どれだけ働きかけても大手マスコミに無視され続けてきた結果です。情報源がテレビ・新聞中心の世代にはインボイス制度の真実に触れる機会もありません。新聞に対する軽減税率の優遇措置の為とは思いたくありませんが、声優さんたちが外国人特派員協会で記者会見を開き、ようやくネットニュースで取り上げられました。

『インボイス制度は事業者だけに関係する話だ』と、このような刷り込みが行われていますが、本当に消費者への影響はないのでしょうか?答えは「いいえ」です。まず電気代は上がります。電力会社は売電している家庭にインボイスを求めないことで発生する年58億円もの損失を、再エネ賦課金として料金に上乗せして補填するからです。農業を営む人は、食品加工会社や道の駅との取引でインボイス登録が求められ、登録すれば消費税の申告・納税が必要になります。その後は価格転嫁で値上げするか、採算割れで廃業するかの二択になります。宅配事業者は価格転嫁が困難な為、インボイス制度導入を機に三割程度が廃業を検討しているそうです。2024年問題もある中、物流の混乱は決定的になります。宅配不能や配達遅れの事態になることは目に見えています。

名古屋市ではシルバー人材センターで働く会員にインボイス登録は求めませんが、2億円ほど増える市の負担を市民の税金から払うというおかしなことになりそうです。

 人手不足で先細りが心配される建設業界も他人事ではありません。インボイス制度による負担増で中小工務店が廃業していけば、今後の都市計画にも影響が出るでしょう。

STOP!インボイスin名古屋の集会でスピーチした女性は「私はもみほぐしのフリーランスをしていますが、契約先からインボイス登録していない者は10%報酬カットになると一方的に告げられました」と訴えました。

インボイス制度は単なる増税であり、全員に不利益をもたらします。国が見込んでいるインボイス制度による税収増は2500億円程度ですが、そのおかげで民間企業は事務費負担(業務増による残業代など)が増え、人件費等に3400億円以上かかるとの試算も出ています。

 こうして業者間や消費者に負担を押し付け合わせるような分かりにくい消費税制度、国栄えて民滅ぶインボイス制度は廃止にするしかありません

 

 

 

 

 

 

 

うたごえの力    ファンクラブニュース9月号 から抜粋

 


 生初の選挙を戦ってから五か月が過ぎました。ご支援いただきました皆様にあらためて感謝申し上げます。西区後援会も新体制となりました。私も次の挑戦に向けて不死鳥のごとくよみがえり、また皆さんと共に
地域要求実現のため活動していきたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

  私が昨年の八月に名古屋市議会議員候補となって以来、人生において初となる出来事が目白押しでした。候補者活動・選挙はもちろん、そこから繋がるプライベートまで、人生はこんなに複雑に絡み合うのかと驚いています。

 例えば、私の母方の祖母が在籍していたという縁もあり、かねてから気にはなっていた宝塚歌劇を大劇場で初観劇できました。舞台上すがべて華やかで、普段からモノクロの生活をしている身からすればまさに夢。

 私も来世が女性ならば音楽学校受験に挑戦したいと思います。みんなで一曲を歌い上げる合唱には力があると感じましたし、独唱にはない力強さに感動しました。

  日本共産党に身を置いていると合唱にふれる機会がよくあります。私の知らない歌を党員の方が歌いだし、自然と合唱になったりします。先日初めて知りましたが、荒木栄さんという労働者作曲家が、五十年も前に組合活動等で労働者を励ます歌を作り、それが各地で歌われたそうです。そんな労働歌が世代を越えて歌い継がれ、その時代のことを何も知らない私の耳にまで入るという事に【続ける】ことの尊さを感じました。

 労働歌の歌詞を聞いていると、五十年前と現在で労働環境を巡る問題は変わっていないのだなぁと思います。『儲けばかりを追いかけ 人は置き去り 資本家は 投資はするくせに賃上げは後回し・・』等の歌詞は現代にも通じるものがあります。

 創立101周年となる日本共産党と110年目の宝塚歌劇団。この勝負、どこまで続けられるかは現代の私たちに託されています。

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以下も、後援会のニュース(「ファンクラブニュース」)に、事務局を手伝って下さっている方が投稿されたものです。

  私の給食日記     林 貴絵

 子どもにとっては待ちに待った夏休み。なのに、私にとっては楽しみだけど、少し気が重い夏休み。

給食のない毎日・・・ 今夏ネットで話題になり、たまたま観たワイドショーのネタにもなっていた子どもの夏休みのお昼ごはん問題。
「こんなふうにすると簡単で美味しいランチが完成!」
「この食材で節約して栄養バランスもバッチリ!」

 え??ちょっと待って!こんなふうに心配してくれたり、お節介を焼いてくれるのも嬉しい反面、大変で困っているわたしたちに更なる努力を求めるの??
 しかも、去年の夏はスーパーに行ってもこんな値段じゃなかった。私たちにはそれぞれ、子育てに家族のケア、そして仕事がありますよね。みんな頑張って生活をしていて決して去年よりサボっているわけではない。
 なにくそ!と思い、とりあえず今以上は頑張らないぞ!そう決めたものの、夏休みが終わる頃には自分の作ったものを食べることさえ、何だか疲れてしまいました。

   私にも給食があったらいいのになぁ

 そんなある日、仕事帰りによく行くお魚屋さんがのり弁をやっていることを知り、購入してみることに。いつものお店の味はホッとするし、小学6年の我が子ものり弁が気に入った様子です。

 私も真似して作ってみることにしました。ところどころおかかにしたり、ふりかけにしたり。 おかずや漬物もなんでもいいから適当にのせてみました。

結果は・・
「お母さん、美味しかったよ。今までで一番だよ。最高!」

と言ってもらえました。
 そういえば最近、突然給食が提供できなくなるという事件がありました。名古屋市のスクールランチがうまく利用できない場合があるという話も耳にします。
 来年の我が子の中学入学が怖い!毎日弁当だ!でも、とりあえずのり弁で乗り切れるといいな~なんて。やっぱり、給食はありがたい。

2023年10月3日火曜日

声をあげる勇気こそが愛国心

 10月を目前にした9月26日、首相官邸前でSTOPインボイスの集会が行われました(写真)。過去最高となる50万筆を超える署名が集まったそうです。私も名古屋での集会には参加をしました。



全国でこうして反対の声をあげられて意思表示ができるというのは、本当に民主主義の素晴らしい面だと思います。官邸では署名の受け取りを拒否されたそうですが、普段100筆を集めるのにもヒーヒー言っている身としては、50万筆の重みは計り知れません。

Abemaテレビも「50万筆」に注目して報じました。

https://abema.tv/video/episode/89-44_s0_p317309

今の時代、署名活動や街頭宣伝などをしていると、「前時代的で不気味な活動家だなぁ」なんて思われているかもしれません。しかし、思いをひとつに大勢の人が集まる熱気や団結感は、参加してみるとその意味が感じられます。立場の弱い人でも意見を言えるし、平等を求めることができるし、ひとりではねじ伏せられてしまう相手とも対等に渡り合えます。これは本当に大切なことです。 

力の勝負で全てが決まる世の中では、力なきものは人権もないに等しいでしょう。逆に力があれば何でも出来るし、実際に千年前の日本には

「この世をば我が世とぞ思ふ望月の・・・」

と栄華を極めて一首を詠んだ藤原道長の一族がいました。

私は思うのです。その千年前に生きていた平凡な一個人は幸せだったのかと。誰かが何でも自由にできるという事は、誰かはやりたくないことを無理にやらされていたということではないのかと思います。領主様への年貢よろしく、働けど働けど問答無用で召し上げられ、自由な余暇はそれほどなく人生に希望が持てない・・・、千年前にもあったんじゃないかな?

 あれから千年、日本は基本的人権や民主主義を手にしました。したはずですが、民主主義の根幹である選挙では投票率はあがらず、そこで選ばれた議員は特定の誰かに向けた政策を押し通すばかりです。本来、バランスを取らねばならない政治がその役割を果たせなくなっていては力のない者に幸せは訪れません。取られて、取られて、取られっぱなしなのです。

 ですから、みんなで声をあげる機会が必要なのです。意見表明することで自分たちの存在を認識してもらい譲歩を引き出さないと、いつかみんな滅んでしまいます。今の自分は取られていなくても、取る側はそのうちに襲い掛かってきます。その時に対抗できる制度を守っておかないと誰も助けてくれません。しかし、取られる側が滅びたら、取る側だって滅んでしまいます。それが国の衰退ではないでしょうか?インボイス、消費税、マイナポータル、戦争法、どの問題も構造は同じです。

日本が嫌いなら出ていけとか、反対ばかりして愛国心がない等の声を聞きますが、愛国心があるからこそ声をあげるのです。不幸せな日本人が増えないように、多くの人が希望を持って生活できるように、権力の暴走に対して声をあげていくことは決して反日ではないと思います。愛国精神と権力者のやることを何でも許すことは同じではありません。末永く我が母国の発展を願うなら、みんなが100%の力を発揮できる社会を目指すのが一番の近道だと思います。

 

追記

この世に自分の思い通りにならないものはないと権勢を誇示したとされる「望月の歌」について、先日のある読売新聞に面白い解釈が紹介されていました。長くなりますのでURLだけを貼り付けます。興味のある方はご一読を。

https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20210628-OYT8T50054/

2023年8月24日木曜日

政界と財界がお友達すぎやしませんか?

 私たちの日々の暮らしには常に悩みや不安が付きまといます。給料はロクに上がらず物価だけがうなぎ上りという今の世の中では、今までに増してお金に関する悩みや不安を抱えている方が大勢いることと思います。国民の生活から悩みや不安を取り除くのが政治の仕事なのに、日本の舵取りをしている政治家の方は何故か大企業優先・金持ち優遇の政治を押し進めるので、国民はじりじりと貧しくなっています。上手く利権にありついた者だけが逃げ切り、またそれを見て見ぬふりをして良しとする、こういうことを政治の腐敗と呼ぶのだと思います。

 自分はいま困っていないという方も他人事ではありません。このような政治を許していてはいつか自分が困った時に救いの手は差し伸べられないし、少数派や意見が対立する者を無視するようなやり方は幸福や平和を遠ざけます。みんな日本国民ですから誰もこぼれてはいけないんです。誰かがこぼれたら次は自分の番だと思うと心穏やかには暮らせませんし、豊かで思いやりのある社会は訪れません。

 近頃、詐欺行為を組織的に行っていた車屋のニュースを目にします。信じられない無茶苦茶をやっている印象ですが、どうしてこんなことになったのか考えると、これは天狗の仕業などではなく、やはり「儲けたい」という抗えない人間の欲望が根底にあると思います。誰しも陥る可能性がある誤りです。いま私の手元に10億円があれば必要十分と認識して今後の給料は辞退するでしょう。しかし、50億円あったものが10億円に減ったとなれば「取り返さないと!」と心中穏やかではないかも知れません。

  私も昔、会社で数字ばかり追いかけている時は人の幸せとは何かなんて考えることもありませんでした。陰で泣いている人の存在など想像もしませんでした。しかし途中で「この数字を上げるのは誰のためにやっているの?」と虚しくなったというか、やりがいを持てなくなりました。家族でもいれば支えなければいけない生活もあり、そんなことも言っていられなかったかも知れませんが、仕方なくやるという仕事のスタイルも精神的に不健康だと思います。自由経済に任せていると青天井に儲けられる夢がある反面、敗れた者やスタートラインに立てない人は社会に居場所がありません。相当に自分を律することのできる社長ばかりでないとすぐに欲望に負けてルール違反や弱い者いじめが起き、自己責任という冷たい言葉で突き放されて社会はギスギスします。そのバランスを取ることが政治だと思うのです。そうしないと社会に参加できる人が減ってしまい、つまりそれは「お客さん」が減ることを意味します。いつかみんな沈んでしまう。国力の低下です。

  戦争に備えていくらミサイルを揃えても国力が無ければ戦いになりません。少子高齢化が進み、食料自給率やエネルギー自給率も低く、それらを外国に依存している日本において順番が違うでしょと私は思います。「このミサイルは誰の為に買っているの?」と虚しくなる与党政治家はいないのでしょうか?国防は政治の大切な仕事ですが、教育や少子化対策、農業や技術力を高めることも同じく国防だと思います。バランスを取って欲しいものです。

  国民の負担増にも限界があります。光熱費やガソリン代、給食費や各種給付など手を打てるところはもっと強力にやるべきです。戦後を引きずってアメリカのご機嫌を伺っているようでは真の独立とは言えませんし、儲けの呪縛に囚われやすい財界が暴走しないように、ブレーキをかけてバランスを取るはずの政治家が、財界人と一緒になってキャイキャイやっている政治も終わりにしないといけません。

 20年にわたる新自由主義推進は正しかったのか?これからはどうしたら良いのだろうか?皆さん、一緒に21世紀の政治を考えましょう。

2023年8月1日火曜日

政治は時に立ち止まることを知るべきなのに

 


   このところ赤道直下のような猛暑が続き、帰宅して着替える時に汗でシャツが絡みつき脱ぎづらい毎日です。必死の思いで着替えてからニュースに目を通すと、こちらも絡みつくような政治の話題ばかりで気分が暗くなります。

 マイナンバー法案やインボイス制度、近いうちに国民生活に影響が出るであろう問題が次々と強行されていきます。この頃の政治が何故に国民の方向を向かないのか、立ち止まることができないのか、その理由を考えてみました。

私が思うに原因の一つは【政界と財界の癒着がスゴイ】という事です。例えば、マイナンバーカードに個人情報を集約して、それをデータとして民間企業が利用できるようにする。これの達成の為に財界(大企業の社長さんチーム)から政界(時の与党)へ何億円という献金がなされ、政界は事業として財界に発注して税金から何百億円支出するという構図です。

ですから、トラブルがあろうが国民の不安が解消していなかろうが、財界とのお約束の時間というケツが動かせない事態になるのではないでしょうか。政界が一部の国民の方しか向いていないので、我々の実感としても国民に寄り添う政治とは思えず政治不信・政治的無関心が進んでしまう悪循環から抜け出せません。

インボイス制度も同じです。今まで免税だった業者からも消費税を取るようにするわけですから、つまり増税です。国民は誰も喜びません。そもそも消費税導入時に歓迎した国民はいるのでしょうか?3%から5%・10%と税率が上がった時、「税率が上がって本当に良かった」と思った国民はいるのでしょうか?喜んだのは消費税が上がるたびに法人税を下げてもらえる財界だけではないですか?

20年前に小泉内閣が構造改革とぶち上げて規制緩和を始めました。それまでは社会の根幹をなすところは厚く守られていたわけですが、出来ることは民間への合言葉でドンドン投げ売りされていきました。派遣労働が次々に解禁されていったのも同じ頃です。これらも喜んだのは国民ではなく財界でしょう。市場原理に任せて民間に競争させ、勝者だけトコトン儲かるシステムが資本主義です。おかげ様で市場において安く買い叩かれる労働者の給料は20年間に渡り横ばい、そして今、ウクライナ戦争などの影響で物価だけが上がってしまい我々は虫の息です。本当にありがとうございました。

資本主義とは生産手段を私有する資本家が、労働力以外に売るものを持たない者から労働力を買い、プラスαの価値を持つ商品を作ってピンハネするという事です。社長にならなければ希望はありません。社長も勝ち続けないと生き残れません。家族が暮らしていけるだけの畑があれば誰も他所へ働きには行きません。しかし広大な土地を独り占めする王様が現れれば、彼の土地で彼に従って働くしかなくなるわけです。

そういう行き過ぎてしまう資本主義をコントロールするのが本来の政治です。営利目的の資本家達に経済的にコントロールされないように、そして競争に敗れた者の命も守るのが政治の役割です。今の日本はそうなっていますか?いないから息苦しいし、希望が持てないんだと思います。

資本主義の競争をより激化させるのが【新自由主義】です。公務員を減らし、民間企業の参入を促し競争させ経済をより強くする。果たしてそうなりましたでしょうか?小泉内閣の頃から勢いを増したこのやり方が国民を貧しくしたのは今の現実を見ればわかります。それなのにまだその路線を力強く進めようとしている政治家たちがウジャウジャいます。「なすに任せよ」の精神で政府は個人や企業に干渉しない小さな政府という路線です。

これを押し進めた大阪ではコロナで大勢の死者を出し、小泉改革で民営化された郵便局のサービスは低下しました。今でも竹中平蔵氏を筆頭に新自由主義の流れは健在です。究極まで行ってしまい、国(政府)と資本家(財界)が癒着すれば国家独占資本主義の完成です。儲け第一の資本主義の最高形態!資本主義の維持のため財界が国家権力を操る社会です。そんな社会では大社長以外に幸せはないです。皆さんが恐れる独裁政権です。

暴走する社長にブレーキをかけ、何事も行き過ぎないようにバランスを取るのが政治です。日本共産党が財界言いなりの政治を変えると言っているのはこういう意味です。

2023年7月12日水曜日

101周年に考える 共産党嫌いが多いわけ

 

前文 日本共産党のこと

今回はいつもと趣が違います。これから書くことは非常にややこしい話ですが、私が日本共産党で活動を続けられるベースとなっている大きな部分についてです。今年4月の名古屋市議選挙で日本共産党の候補者として選挙戦の前面にたった体験で、私はますます思いを強くしたことがあります。

 それは、「なぜ日本共産党はこんなに嫌われるのか」ということ。

 これについて「いや、嫌われているのではなく、外部から攻撃されているから・・」という意見を党内で聞くことがあります。詳しく知っている党員はそう感じる人が多いのかもしれませんが、問題は主権者たる国民の皆さんがどう思っているのかという、現実の状況を正面から受け止めることです。

 攻撃されても「当たらなければどうということは無い」とシャアのようにかわすことができるなら良いのかもしれません。しかし、デマや大げさな言いがかりと思えるようなものまで含め、現実的にかわしきれない量のタマが飛び交っているのも事実です。これらの言葉のオバケを退治できていない結果、有権者の皆さんの中に日本共産党に対する否定的な感情が生まれてしまったのではないか?私はこう思うのです。

 現実に日本共産党にとんでもないことをされたという方、いますか?日本共産党がどんな社会を目指しているかを説明できるという方、いますか?ロシアや中国・北朝鮮のようなシステムを日本にも導入して・・・と思った方、長いですが是非この先最後までお付き合いください。

私は、党の見解・結論を繰り返すだけではなく、「共産党は嫌いだ」「いい感情が持てない」という大勢の国民意識がどこから来るのかを丁寧にたどり、正しく知っていただくという事が必要だと感じています。その結果として、「どこかのデマ攻撃」なのか、「まっとうな意見」なのかは個人の判断にゆだねようというスタンスです。中国や北朝鮮ではないとの自信があるからですね。売国政党でも、外国勢力でも、暴力的でも全くありません。

この部分は日本共産党とは考えが違うということは当然あるでしょう。それは仕方ありません。しかし、最初から論外ではなく、選択肢の一つとしてまずは知ってもらうプロセスこそが大切だと思っています。日本共産党は今日より明日の生活が素敵になり、生きていて良かったと思える社会を目指しています。もし良かったら選択肢に入れて下さいね。

共産主義の究極は、解決しなければならない問題の起きない社会=ユートピアです。その日が来たら日本共産党はお役御免です。まるで中二病ですがお許しください。

今回、党創立101年の歴史を振り返って見えてくること、ぜひ知ってほしいことを三部にわたって書いてみました。少しずつ書いてはアップするつもりでしたが、流れをわかりやすくするために長編として完成させたので、あまりにもやることが無くて危機感を覚える時に気合いを入れて読んでください。メチャクチャ勉強した気分になれると思います!

 

1部 平和を望む党がなぜ門出から「非合法」なのか

 日本共産党は715日で101周年を迎えます。世界的に見てもここまで長い期間、一度も政権に就くことなく存続している党は数えるほどしかないでしょう。企業団体献金や政党助成金を受け取らず、また、ある特定の団体の代弁者に成り下がるようなこともなく、当然、利権・既得権益とも無縁です。よくぞ今まで潰されずに生き残ったものだと思います。

 結党以来、国民の苦難の軽減を目的に国民の皆様に支えられて活動を続けて来ました。長く活動しているとだいたい堕落して汚職にまみれたり、非合法なことに手を染めるようになるものですが、日本共産党は何と!結成当時が非合法で、その後に合法組織となったレアパターンです。その理由をお話しします。

  101年前の日本は大日本帝国憲法の元、天皇を中心とする神の国でした。ですから、赤紙1枚で国の為に命を散らせと命令されたし、従わなければ憲兵に逮捕されたわけです。国民の苦難を減らしたい、自由で豊かに暮らしたい、学校に通いたい、社会制度に意見したい、どれも叶わぬ夢物語・・・

そんな時代に何を主張して党を作ったかと言えば・・・

 ・君主制の廃止 ・貴族院の廃止 ・18歳以上の男女に普通選挙権 ・軍隊や憲兵の廃止 

 ・集会や結社の自由 ・8時間労働制 ・社会保障充実(失業手当等) ・最低賃金の導入 

・累進課税制度 ・小作地の耕作農民への引き渡し ・外国に対する干渉の中止

  どれも現代では当たり前になった基本的な事ばかりです。しかし当時、君主制の廃止は即ち国体の否定です。日本共産党は、天皇の一存ではなく国民の意思を尊重せよと言ったわけですから、治安警察法により弾圧の対象になりました。弾圧と言うより当時はそういう時代だったと言った方が正しいかも知れません。国民がおかしいと感じても物を言えない世の中であり、その制度を改めるための意見表明の機会も権利も与えられていなかったわけです。そもそも絶対的な権力に従うのが当たり前と洗脳されていた節もあるかもしれません。

  それを象徴する法律に大逆罪があります。当時、天皇や皇室を脅かした者は死刑でした。アンビリバボーですが、幸徳秋水は大逆事件で証拠不十分ながら死刑を執行されています。天皇陛下が仰っていると言われればウンもスンもない時代、ノーと言えば反逆です。現代日本からは想像もできないような封建社会だった日本。この社会を変えなければ【国民が自由に能力を発揮し夢を追える豊かな社会】は訪れないと、日本共産党は結成されたのでした。

しかし、皆さん。そんな時代に絶対主義的天皇制(現在は象徴天皇制で、日本共産党はこの制度に反対はしていません)を改める為に結社して集会を開いていたらどうなります?無事では済まないですよね?認められるはずないですよね?ですから非合法組織としてのスタートになりました。

結党3年後に成立した治安維持法により「完全無欠」の非合法組織とされてからは、摘発・弾圧のための言いがかり・内部かく乱のためのスパイ工作等、本当に何でもありでした。その結果、幹部は軒並み逮捕され、お家断絶寸前まで追い込まれました。逮捕されても信念を変えないので拷問され亡くなった党員も大勢います。それでも社会を変えるため(革新)、既存の体制側に迎合(保守)せずに頑張りました。      

 

2部 苦難、時に混乱、でも一筋の道を

より良い社会と暮らしを求め革新の道を行く日本共産党。ジリ貧が見えていても体制を変えられない保守。とは言え、その体制側には警察・軍隊・政治家・財閥と全てが揃っていますから、なかなか一筋縄ではいきません。はっきり言って強すぎです。

しかし、その体制も揺らぐ日がきます。太平洋戦争敗戦です。戦争が終わりアメリカGHQにより軍隊や財閥は解体され、治安維持法も撤廃、日本共産党は晴れて合法政党になりました。天皇の名の元、国民に苦難を強いる無謀な戦争をやるべきではないと主張していた非合法政党が、皮肉にも国民の苦難を極めた敗戦という形で合法政党になりました。世間に舞い戻った日本共産党は国民主権と議会制民主主義を柱とした新しい日本の土台となる独自憲法草案を発表します。当時、国民主権を明記した唯一の憲法草案でした。

この草案ではのちに現憲法に盛り込まれる民主的な原則の大半がすでに主張されていました。いま、私たち日本共産党が「憲法守れ!」と声高に訴えるのにはこうした歴史的背景があります。憲法9条については当時も今も、他国に干渉するための軍隊は要らないが「自衛権は国家に固有の権利である」と言う立場です。そして国民の合意で決められたことは100%遵守しようという姿勢を貫いています。国民の合意を大切にし、決められたことは守るという日本共産党の真面目さが表れていると、私は思っています。

 しかし、次なる苦難に見舞われます。日本共産党がアメリカのポチにならないと気付いたマッカーサーが「オーマイガッ」と言ったかは知りませんが、彼により国会議員24名が公職追放になります。権力が天皇からアメリカに移っても再び逮捕の危機です。それを機に多数の党幹部が独断で党を割ってしまい、分派・分裂・海外脱出とまたも「お家断絶」の大ピンチ。ここに来て、その幹部達は「政権は鉄砲から生まれる」という中国共産党の武装闘争の押し付け(というか、横ヤリ)まで受け入れてしまいました。当然ながら武装闘争路線は全く国民の理解は得られず議席壊滅、おまけに破壊活動防止法の制定により調査・監視対象とされてしまいます。

 この時、武装闘争路線は誤りと断言し、割れた主流派に追随せず腰抜けと罵られながらも、党の正常化に尽力した人達の努力が実り、いまの日本共産党があります。逆に武装闘争で強くなれると思った彼らは今、もう存在しません。その末裔は細々とどこかで何かしているかも知れませんが、凡そいまの日本共産党とは1ミリも関係ありません。

  残ったのは破壊活動防止法の調査・監視対象という現実です。議会制民主主義を主張する全く暴力とは縁遠い私達なので、70年間も調査・監視されているのに当然何も出ません。期待に沿えず申し訳ないですが、最初の見立てが間違っていましたね。共産主義=暴力と括るのはもうやめて、そろそろ我々日本共産党は監視対象から外してもらえませんかね?どうでしょうか?少し予算が浮きますよ?

 戦前から反戦・平和を訴え、国民主権と個人の自由な発展を謳い、科学的社会主義と議会制民主主義を土台に国民の苦難を軽減し、実りある豊かな社会を目指しているのが私達、日本共産党です。

    

          不幸な分裂を見事に解決し、全会一致で綱領を採択した1961年の第8回党大会

             

 3部 それでもまだ「共産主義は怖い」?

 ドラマチックな日本共産党ですが、サンフランシスコ講和条約により日本の主権が回復すると公職追放も解除され、ソ連や中国から干渉を受け別路線へ行った人達も去り、いよいよここに反省からの再出発を迎えます。結党以来の志のもとに残った人達は、暴力をともなう道は今後も一切放棄し、他国の干渉も一切受けない自主独立路線をゆくことを誓い、今に至ります。党外からの干渉に敏感過ぎると時に言われるのも、分派活動を許さないのも過去の反省からです。内側からズタズタになった経験を繰り返すまいという思いからルールを作りました。日本共産党には独裁的な決定が絶対に出来ない民主的なシステムがあり、自分のポスター1枚作るのにも三ヶ月かかるくらいです。党内にすら閣議決定はありません。やったらみんなメチャクチャ文句言うでしょう。

 私は世の中にはびこる「共産主義は怖い」というイメージを何とかしたいと思います。

共産主義とは未来を共に産み出す理想社会のことです。国民の議論抜きには何も進みませんし、そうした議論を封殺したり、国民を統制することもありません。国民の苦難を軽減し、個人の能力の自由な発展を目指しているのに統制するなんて真逆です。能力があるのに生まれや育ちといった環境で潰れてしまうのはもったいないと言っています。悲惨な労働環境で働き続けるしか命が繋げない社会はおかしいと言っています。確かに理想論ですからお花畑と言われるかもしれません。でも、理想を語り目指すことは自由じゃないですか。101年の間、叶ってはいないけど一歩一歩近づいています。(この頃の政治は一歩後退気味で、この流れを止められないことが歯がゆいですが)

この活動こそが日本共産党そのものです。政治に興味がありこれをお読みいただいている方は「なるほど!」と膝を打っていただけたと思います。潰れずにやってこられたのはまず第一に国民のいのちと暮らしを守る為にやってきたからではないでしょうか。だって私達は権力の座に就いたことは一度としてないわけですし、完全に自主独立でやっていて無防備ながら潰えないのはそれ以外に説明がつきません。

いまや時代は大正や昭和ではありません。激動の時代は過ぎ去りました。私達も過去のトラウマからは脱却して新しい道を拓いていくことは待ったなしです。弾圧を恐れて変節したり外国勢力に篭絡され、ドネルケバブのように香ばしいかおりを残してそぎ落とされていった人達も、元々は理想社会を追い求めていたのだと思います。

 しかし私は、101年間ずっと平和を願い国民の方を向いてきた姿勢だけは今後も変わらないと感じています。ですから私は日本共産党で活動しようと思えるし、また私が日本共産党の目に止まったんだと思っています。そして再び激動の時代も繰り返さないと思います。当時とは比べ物にならないほど世の中は成熟しています。まさか今の世の中で弾圧は無いと思いたいし、民主主義無視の改革論なんて議論にもなりません。

私自身がドネルケバブのように焼かれた時には、ピタに挟まれて退場する覚悟です。志ある皆さんと共に、成熟した社会のその先へ踏み出せる102年目になるように頑張ります。

長文をお読みいただきありがとうございました。今日はブルーベリーで眼精疲労対策をお勧めします。

 

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