3月8日は【国際女性デー】でした。以前は国際婦人デーといい、1977年に国連で制定されました。毎年、女性差別解消・ジェンダーフリーを掲げる人達の手で様々な企画が取り組まれています。日本においては【母の日】や【父の日】よりも浸透が薄いと思いますが、世界的にはメジャーなイベントです。
女性差別解消どころか、選挙権や基本的人権のような現代では当たり前の権利まで無かった時代が日本にもありました。100年ほど前の話です。この100年の間の様々な運動により、より良い社会を勝ち取ってきた先輩方には頭が下がります。私たち、現代に生きるものにはこうした成果を維持発展させていく使命があると思います。
国際女性デーに参加する人々はイメージカラーである黄色の物を手に持ちイベントに参加します。私は男性ながら【長崎県産のデコポン】を手に持ち、イベントに参加しました。デコポンはオレンジ色では?という見解もありそうで、真面目な共産党の人に怒られる懸念はありましたが、『志が同じであれば表現はひとそれぞれ』ということで笑って迎えていただきました。共産党、懐が深かった!
自分で言うのもなんですが、私は今までの共産党にはあまりいなかったタイプだと思います。少なくともデコポンを握りしめて国際女性デーにきた人はいないはずです。それでは私はいつ頃から異端児だったのか?自分の過去を振り返ってみました。
10年ほど前に私の同級生が中学校の時の担任の先生を訪ねたそうです。話題の中に私のことが出てきて、師いわく、
『彼が、鉄道のレールに使われる鉄がかわいそうだと言っていたのが印象的だった』
とのことでした。
たしかに言ったような気がします。一点に固定され、来る日も来る日も踏みつけられる日々なのに、電車ほど注目されないところに同情したのだと思います。どうやら私は中学校の時点で特異な存在だったようです。
国際女性デーのような運動で、これからの世界で広く平等に人権が守られ、異端を排除しない温かい社会になればと、異端児として切実に願います。
動画はこちら。
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